初めていけだごのみに登場します!まりこです。
池田町に惚れ込みすぎて、2022年3月30日に千葉県から池田町に単身移住しました。
まだ3週間しか経ってない、池田暮らし見習い人です!
初回にあたるこの記事では、自己紹介としてなぜ私は池田町に移住したのかを綴ろうと思いまする。
だらだら書いてもあれなんで、Q&A(よく聞かれること)でまとめてみました。
どうぞ、よかったら覗いていってください☺︎
よく聞かれることトップ3でまとめてみました〜!レッツゴー
Q1、池田町はどうやって知ったの?
大学4年の時(2019年)に、所属していたゼミの活動です。
当時池田町がまちとして「池田町のおじいちゃんおばあちゃんが昔やってた遊びが消えかけているから、ちゃんと記録して次に繋ぎたい」と考えていて、そのことを相談した先が、たまたま私が所属していたゼミの先生だったのです!
ほんで、池田の中学生がおじいちゃんおばあちゃんにインタビューして、私含めたゼミの有志15人くらいがそれをサポートするというプロジェクトになりました。昔遊び調査のために、2019年5月9月10月と、3回池田町に行きました。(ちなみに、ゼミの先生がこのことを教育学の観点から論文にまとめてます<https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsoee/31/3/31_3_33/_pdf>)そしてこの昔遊び記録プロジェクトもめちゃくちゃ面白かった!!!のでいつかいけだごのみで書けたらいいなぁ(つぶやき)
Q2、なんで池田町なの?どこがいいなと思ったの?
短く言うなら、池田町が好きすぎて、惚れ込みすぎて、住みたすぎたから!です。
よく池田町のおっちゃんに「なんで池田なんかにしたんか〜、他にも似たようなところいっぱいあるだろ!」と言われます。笑
確かに似たようなところは、いっぱいある。でも福井県今立郡池田町には池田町の歴史や文化や自然の固有性があって唯一無二ですよね!
そりゃあ私も、学生のときに沖縄県国頭村安田、群馬県上野村、長野県上田別所温泉、宮城県気仙沼、七ヶ宿、栃木県益子、島根県海士町、高知県梼原町、新潟県南魚沼栃窪...いわゆる過疎地、農山村、田舎と言われるような場所にいくつか行きました。行ったけど、池田町なんです!!笑
池田の何にそんなに惹かれたのか。
これを言語化するのが結構難しい。
「なんかこの町自分に合ってるかも〜すごく好きだなぁ〜〜」みたいな感覚なもので...
その感覚の解像度をあげて、頑張って3つ抽出してみるならば...
【環境】【人】【食べ物】な気がします。
環境は、surroundingとしての環境。自然も社会も含みます。
2つ目は人。
人がほんとうに素朴だなぁと感じます。
まちづくりを頑張る地域って、
人がイケイケドンドンな雰囲気だったり、ちょっと圧のある感じがする経験が個人的には多いです。
だけど池田町は、なんというか、背伸びもしてなければ、縮こまってもなくて、等身大。
そんな人の「感じ」がすごくいいなって思ったのであります。
こっちに来てからも「移住しました」と挨拶するとほぼ100%の確率で
「まぁ、のんびりやってけや〜」
「ぼちぼちな〜」
と返ってきます。ほんとうに、こういうところなのよ〜!♡と思う日々です。
3つ目は、食べ物。
何を隠そう、私は「ちんころいも」に落とされました笑
こっち来てからは、水もお米も山菜もお味噌もいろんなものを食べてどれもが美味しくて感動してます。
Q3、池田に何を求めて、来たの?
「生きること」を求めて来ました。職でもなく、パートナー探しでもなく、他の何事でもない。端的に言うならこれに尽きます。
もうちょっと言うなら、TO BEを大事にしたいお年頃なんです。
ゼミの友達が卒業論文を書き上げた後にこう言いました。
「卒後のことって、したい仕事ファーストで考えがちだけど、ここに住みたいとか場所で人生を選択してもいいなって思うの。」
ほんとにこれ!!!!!
私も振り返ると「したいこと」(TO DO)を最優先にして、これまで生きてきたなって思います。
中学卒業したら、高校に行きたい(行かなきゃいけないみたいな気持ちだったけど)。
高校卒業したら、大学で学びたい。
それを優先した結果、場所は結果に付随するものでしかなく、
高校は開発された大都会の幕張で、大学は東京都新宿区でした。
自分がどう在りたいかをないがしろにして、自分が何をしたいかで人生を決めてきた。
そしたら、たまたま都市で24年間生きることになって、「状態としての私」みたいなものが本当に疲弊してしまったんです。
TO BEを大切にしてあげて!という自分の心の叫びに気づいたのは大学3年くらいでした。
そう気づいた時から、「ああしばらくTO DOで生きるのはやめてみよう」と思いました。
それでたまたま池田町に出会って、池田で過ごした自分の状態(TO BE)が人生史上一番心地よかったんです。なんとなく。(たった数日間だけど)
それで、あっ池田町なら生きられる、そんな気がしました。もう感覚の話で...なんとなく、そんな気がした。
てな感じで、地縁も血縁もない、でもご縁はある福井県池田町に飛び込んだのであるよ!
なので、大好きな町の「いけだごのみ」を書いてるだなんて、本当に本当に嬉しくて!!!!涙
とにかく飛び込んだので、新卒無職です。
それから住まいは、町営住宅で一人暮らしではなく、池田町のとある方のおうちに居候させてもらっております。
次は、池田町で新卒無職になって居候を選んだことを、後編として書かせていただこうかとかんがえちゅう!
さいごに。
これまでつらつらと「私の移住話」を書いてきましたが、
いち個人の話であると同時に社会の話だとも思っています。(じゃないとこんなに書きたくない笑)
個と社会は切っても切り離せません。
これまでは、「池田町に」移住した理由を主に書いたので「個」が強く見えるかもしれませんが
もうちょっと広く「地方に」移住した理由を書くならば
私は持続可能な社会をつくるには、社会を支える原理が多様であった方がいいと考えているから、地方に移住しました。
都市の原理の巨大化だけでは難しいと思うのです。
いま若者の地方移住が社会現象化しているといわれています。
若者の地方移住に関するイメージや、言説が増えてきているとも言えるでしょう。
そんな若者の地方移住をミクロでみてみる。
ミクロでみて考えてると、何が浮かび上がってくるのか。
そしてそのミクロ(個々人の移住に関するあれこれ)が集積した時に、立ち上がってくる「若者の地方移住」とは何なのか。
そんな試みの出発点として、この記事を位置付けてみたいのです。
なので、この記事をvol.1として、池田町に移住してきた若者たちの続編をだしていけたらいいなぁって妄想してます。
な〜〜〜んて言うけど「ゆっくり、ぼちぼち」やっていこぉ〜〜とも思っちゃってます笑
池田の気質が乗り移ってきているこの頃です☺︎
まりこ
(本名 川上真理子)
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大都市で24年間をTO DO(したいこと)ファーストで
生きてきて、大学3年の時に自分の在り方の大切さ
に気づく。
ご縁がありたまたま出会った池田町での
素朴で等身大な人や自然に惹き付けられ
大学院卒業後、新卒無職で池田に移住。居候ちう。
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現在の活動はこちら👇
●池田町見習い人(めざせ何でも屋)
●一般社団法人の立ち上げ手伝い
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好きな食べ物)ちんころいも※池田町限定
現在、畑仕事や古民家改修により筋肉強化中。